『心配だけど頑張ります』と言われた日【退職前の引き継ぎ】

キャリア論

「残り1週間か、まずいな・・・」

最終退社日は翌週の月曜日だったが、実質的に残された時間は今週の5営業日だけだった。

それなのに、自分の部署に僕が退職するという情報がオープンされてからは、まだ5日しか経っていなかった。

「これはもう、自分しか分からない情報だけを引き継ぎするしかないな」

もう覚悟を決めた。

僕としては、誰にも迷惑をかけないように、きっちりと引き継ぎをしたかった。

おそらく、最初に退職を上司に伝えたタイミングであれば、もっときっちりと引き継ぎをできたに違いない。

残念ながら、引き継ぎをする2人は、1人は他の部署から異動してきた人で、営業は初めて、そして、もう1人は、GW明けに転職されてきた営業出身の人だった。

この2人、当然営業で使用する見積もりシステムや基幹システムの使い方から教えなければならない。

しかし、そこまでやっていたら、確実に引き継ぎは終わらない。

僕は悩んだ末に、僕以外の人が後からでも教えられることはやらないと決めた。

優先順位をつけたのだ。

つまり、僕しか知らない案件の状況と問い合わせ先を伝える。

これしかなかった。

そして、残り5日間、ほとんどすべてを引き継ぎに時間を費やした。

正直辛かった。

辛かったというのは、教えるのが大変だったというよりも、本来僕の中で引き継ぎを十分なレベルまでできなかった無念さからきていたものだった。

ただ、この会社では、引き継ぎというものはあまりしない文化だった。

僕は転職組なので、元々いた会社での基準が僕の基準になっていた。

その会社では、引き継ぎをきっちりとやらない人は評価されない会社だった。

だから、引き継ぎ書もきっちり作っていた文化だったのだが、今自分がいる会社がそうではない会社なのは仕方がない。

転職組には、こういった問題点が見えるのだが、日本の会社というのは転職組にそういった社内の問題点を聞く文化がない。

つまり、自分たちのやり方に従ってもらうというのが、日本の会社では多いのだと思う。

僕は残りの期間で、できるところまで精一杯引き継ぎをした。

引き継いだ人には申し訳ないが、これが限界だった。

「心配だけど、頑張ります。」

と引き継いだ人に言われた。気持ちは十分僕に伝わった。

僕は最終出社日を迎えたが、次の会社の初出社まで約3週間ある。

その間に、何かあれば連絡するようにと言って、僕の個人の携帯電話の番号を渡した。

何かあった際のホットラインのつもりだった。

実は、僕が辞める直前に、僕が対応していた大型案件がいくつも決まっていた。

売上規模で言うと数億円規模だ。

その案件の対応については、分からないことも出てくることだろう。

お客様に迷惑をかけるわけにもいかないし、この会社にも迷惑をかけられない。

僕だって伝え忘れていることもあるかもしれない。

最終日、僕は総務に行って、パソコンと携帯などの貸与されたものを返却してバーミヤンに向かった。

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