「おめでとうございます!決まりましたよ。」
エージェントの担当者から報告を聞いた瞬間、僕は心臓の鼓動の高まりを感じた。
それと同時に、達成感がこみ上げてきて、スマホを耳に当てながら天井を仰いだ。
「あぁ、戦いは終わった」
そう思いながら、電話の向こうにいるエージェントの説明を聞いた。
驚いたのは、年収条件だった。
ひょっとしたら、希望年収満額ではなく、下げられてしまうのではないかと心配していたのだが、回答は満額どころか希望よりも少し増えていた。
エージェントの話によると、日本側がどうしても採用したいと本国側にかなり交渉をして時間がかかっていたというのだ。
その結果が、希望満額回答だった。
僕は、最初はそんなことあるのか?と思ったのだが、事実らしい。
不動産事業でいえば、銀行にフルローンの融資をお願いしたのに、オーバーローンの回答がきたような感じだ。
「ただ、最終のレターが来るまでは、まだ会社には言わないで下さいね。」
ほぼありえないが、最終のレターが来るまでは絶対ではないらしい。
僕は、1日でも早く上司に退職の意志を伝えたかった。
なぜなら、僕が絡むプロジェクトが始まっているからだ。
次々と役割が決められていく打ち合わせに、僕がアサインされていく会議に出るのが心苦しいのだ。
伝えたいのに伝えられないもどかしさ。
とはいえ仕方ない。
僕はエージェントにアドバイスされた通りに、まだ上司には伝えないと決めた。
電話の最後に、退職時期について聞かれた。
「先方の意向を確認していただけないでしょうか。」
僕は明確な回答をせず、まずは先方としてどう考えているのかによって調整しようと考えた。
3月下旬に最終面談した際には、5月20日までには入社してもらえたら人事としては嬉しいと言われてたのだが、すでに4月中旬になっている。
この間に、翌年度の計画が立てられ、次々と担当を割り振られていく。
特に51歳の僕には重要なプロジェクトを任せられている。
つまり、最終面談のときと状況が変わってしまったので、なるべく迷惑をかけないように、しっかりと時間をとる必要が出てきたのだ。
僕の中ではこれはわがままではないと今でも思っている。
「状況が変わったから」だ。
エージェントの担当も理解してくれて
「確認して連絡しますね」
と言ってくれた。
こういう時にもエージェントが間にいると助かる。
僕は電話を切り、誰もいない薄暗い会議室からオフィスに出た。
いつもの景色が、なにか特別なものに見えた。
間もなく、転職したら懐かしくなる景色。
少し寂しさもこみ上げてきた。


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