会社を辞めることは「裏切り」なのか

キャリア論

「私のわがままで辞めることになり、すみません」

僕がそう言うと、役員はこう返した。

「そりゃあ、辞めるのはわがままでしかないだろう」

最終出社日の翌日の夜、僕は執行役員と新橋のイタリア料理店で食事をしていた。

僕は分かっていた。

この役員は見た目は怖いが本当はやさしい人だと。

そして、僕はその時に思った。

「会社を辞めることは裏切りなのだろうか」

僕は、この会社に中途採用で応募して採用された。

その時の最終面接が、当時の社長とこの役員との面接だった。

僕が入社するにあたり、採用コストもかかっているだろうし、面接のために時間を割いていただいたことも、重々分かっている。

しかし、僕も新しい顧客の立ち上げに携わり、売上にも貢献してきた。

そして、7年間必死でがんばってきたという自負もある。

「裏切りなのか?」

僕は何度も考えたが、僕の行き着いた結論としては「裏切りではない」ということだ。

なぜなら、僕がその会社を辞めたからといって、それで関係性が終わるわけではないからだ。

僕は今回が3回目の転職になるが、以前勤めていた会社の人たちとも今なお関係が続いている。

いつどこで仕事を一緒にするか分からない。

それまで築いてきた人間関係や信頼まで一方的に断ち切るのであれば、裏切りと思われることもあるかもしれない。

しかし、関係性が続いている以上、将来、仕事を紹介することもできるかもしれない。

喧嘩して辞めるのであれば別だが、僕の場合は完全に「円満退職」と言って過言ではない。

そして、なによりも僕が次に行く会社と取引もあるというのだから、また今後も一緒に仕事ができる可能性だって高いのだ。

僕とその役員は、ある顧客の新規立ち上げを一緒に進めてきた間柄だ。

辞めるときには、組織上は別の部門の長をされていたので、僕が辞める頃には、その役員は別の部門の長を務めていたため、業務上は直接の関係はなかった。

それでも最後に食事に誘っていただいたのは素直に嬉しい。

そして、「辞めるのはわがままだろう」と本音を語ってくれるのはありがたい。

会社を辞めることは裏切りではない。

ただ、会社から見れば「わがまま」ではあるのかもしれない。

しかし、そのわがままは、誰かを困らせるためのものではない。

自分の人生を自分で選ぶためのわがままだ。

僕にも自分の人生がある。

しかも、人生は一度きりだ。

会社員として現役で働ける時間には限りがある。一般的には、ひとまず60歳が一つの区切りになるだろう。

僕は雇用延長で働かないと決めている。

60歳まで、残り8年あまりしかない。

ここで動かなければ、きっと後悔する。

そう思って、転職を決断した。

正解がある世界ではない。

それでも、自分の気持ちに素直に行動したとは言える。

そして、その役員は最後に、

「頑張れよ」

と言ってくれた。

本音を語り合った新橋の夜。

駅で別れるとき、僕は役員に手土産を渡した。

そして、また会うことを約束した。

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