「まだか、まだか」
火曜日の夕方、採用の連絡をもらって安心はしていたものの、転職先の企業から、まだ正式な書面がきていなかった。
エージェントからの電話だけで、上司に退職の意思を伝えるわけにはいかない。
なぜなら、まだ100%絶対に採用という感じにはならないからだ。
水曜日、木曜日と時間が過ぎ、途中でエージェントに確認したところ、金曜日中には正式なレターが発行される見込みだという。
しかし、すでに金曜日の16時をすぎていたが、全く連絡が来ない。
「ひょっとして、最後の最後でNGなってことあるのかもな・・・」
不安がよぎる。
しかし、このタイミングでいきなり不採用に覆る可能性は、かなり確率としては低いらしい。
それがChatGPTの回答だった。
その日、僕はショールームで新入社員向けの研修の講師を2枠実施し、その後、お客様向けのプレゼンもこなしていた。
忙しい中ではあったが、少し席を外してエージェントの担当者に電話をした。
「状況いかがでしょうか?今日、上司に伝えないと、いよいよ月曜日から今期対応するお客の引き継ぎに行くことになってしまいます。」
僕はかなり焦っていた。
実は上司が大阪に異動になり、その一部のお客様を僕が引き継ぐことになっていたからだ。
しかも、アポイントは翌週の月曜日と火曜日に集中している。
もしそこで、正式に後任として挨拶に行ってしまったら、会社をやめにくくなるのは容易に想像できる。
エージェントの担当も
「わかりました。すぐに確認します。」
と言って、電話を切った。
そして、僕は何事もなかったかのように、お客様向けのプレゼンを行った。
プレゼンが終わったのは1時間半後だった。
この日は新入社員向けの研修の講師と、このプレゼンでかなり疲れていた。
「やっと終わりましたね」
僕は、あとからショールームに来ていた部長に話をした。
その時、スマートウォッチが振動した。
「ちょっと失礼します」
僕はショールームの外に出て、エージェントからの電話をとった。
「レターきましたよ!採用確定です。おめでとうございます。」
火曜日に採用の連絡が来たときのような高揚感はなかった。
これで本当に戦いが終了したという安堵しかなかった。
「これでようやくオープンにできる。」
2月からずっと、転職のことは社内の誰にも話さなかった。
すでに4月半ばになっていた。
本当に辛かった。やっとこの日が来た。感無量だった。
僕はショールームに戻り、片付けを済ませて部長を誘った。
「少し話があるので、喫茶店かつけ麺屋に行きませんか?」
部長はすんなりOKをしてくれた。
おそらく何か感づいたに違いない。
そして、部長と2人でショールームを出て、結局つけ麺屋に向かった。
ガード下にある舎鈴という有名なつけ麺屋だ。
何度も来たことがある。
部長はつけ麺とビール、僕はつけ麺ではなく、ラーメンを注文した。
あいにく、2人がけのテーブル席が空いてなく、窓際のカウンター席に横に並んで座った。
しばらく沈黙が続く。
「ご報告がありまして。私、会社を退職させていただきます。」
正直、かなり驚きのリアクションがあると思っていた。
「そうか」
部長の言葉はそれだけだった。
意外と反応が薄かったので、逆に驚いてしまった。
おそらく、薄々僕がやめそうなのは感づいていたのかもしれない。
少なくとも、その日の帰り際に食事に誘った時点で、かなり怪しい。
「で、最終いつまでいる予定?」
と聞かれたので、僕は5月25日を最終出社日としたいと伝えた。
まだ1か月以上も先の話だ。
「そんな早いタイミングで引き継ぎできないだろう」
部長に言われた。確かにGWがあるので、実質的な営業日数は思ったよりも少ない。
僕はラーメンをすすり、蓮華でスープをすくって飲んだ。
「そこまでには迷惑をかけないように、きっちり引き継ぎをします!」
言い切っていた。
しかし、なかなか部長は納得しない。
なかなか話はまとまらず、ガラス越しに道路を走る車を2人で眺めていた。


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